アートと食の美味しい関係 〜レストラン編〜

by 長谷川友美/YUMI HASEGAWA
Friday 07 May 2021

仕事柄、ファッション関係者をもてなすことが多いのですが、ロンドンに到着してすぐにリクエストされるのが「美味しいレストラン」と「面白いアートエキシビション」です。アートや音楽、ファッションといった最先端のカルチャーがイギリス旅行の醍醐味のひとつであることは周知の事実ですが、いまやそれと双璧をなすほど、ロンドンは「世界屈指の食都」として認識されています。

「イギリスのご飯は美味しくない」という風評も今や昔。高感度の英国ラバーは、美味しいご飯を食べるためだけに出張先をロンドンに選ぶほどに英国の食文化は進化しているのです。

そんな外食ブームに沸くロンドンで注目を集めているのが、「アートと食の関係」です。自分のリビングやベッドルームにアート作品を飾るように、レストランやカフェでお気に入りのアーティストの作品に囲まれて食事をするのが、最新トレンド。また、グルメとしての顔を持つ気鋭の英国人アーティストたちがプロデュースするお店も話題性に事欠きません。今回は、そんな美味しいご飯と英国を代表するモダンアートが同時に楽しめるスポットをご紹介します。

 

イギリス旅行の楽しみと言えば、アフタヌーンティ−。本場ロンドンでのアフタヌーンティー体験を特別なものにしてくれるのが、スコットランドを代表するファインアーティスト、デイビッド・シュリグリーがプロデュースしたGallery @ Sketch(ギャラリー・アット・スケッチ)です。中心部・ウェストエンドの目抜き通り、リージェント・ストリートを1本入った通りにある食の複合施設・スケッチは、ミレニアム以降のロンドンの美食ブームを牽引してきた老舗。5つのレストラン・カフェ・バーがあり、そのどれもが個性豊かなアート作品で彩られています。

中でも、アフタヌーンティーが楽しめる「ギャラリー」は、ピンクの愛らしいインテリアとは裏腹に、シュリグリーの描くブラックユーモアと皮肉の効いたイラストで壁一面が埋め尽くされています。食器もすべてシュリグリーの、毒を持ったステートメントを手書きしたタイポグラフィー作品です。それでいて、味は超一流。

焼き立てのスコーンやサンドイッチ、手作りスイーツなどアフタヌーンティーの定番を踏襲しながら、和や中近東などのエキゾチックな素材を取り入れています。モダンにアレンジされた絶品フィンガーフードを、厳選された紅茶とともにアートな空間で味わえるのは、ロンドンならではの楽しみ方です。

 

ギャラリースケッチ

スケッチの地下にある「ギャラリー」の内観
 

ギャラリースケッチ

壁一面に額装されたシュリグリーの作品が飾られています

 

ギャラリースケッチ

シュリグリーのデザイン&タイプグラフィーによる食器と、モダンなフィンガーフードの相性抜群な進化形アフタヌーンティー

※写真は2015年11月に撮影されたものです

料理の内容は現在変更されている可能性があります

 

 ロンドン美食ブームの立役者であり、一大熟成肉ブームの火付け役ともなったレストラン業界の仕掛け人、マーク・ヒックス氏はYBA(ヤング・ブリティッシュ・アーティスト)の熱心なコレクター/パトロンとしても知られています。YBAは、1990年代に起こったコンテンポラリーアートのムーブメントで、“センセーショナリズム”と呼ばれる衝撃的で内省的な作品を主題にした、ダミアン・ハーストやトレイシー・エミン、ジェイク&ディノス・チャップマン、サラ・ルーカスといったアーティストを輩出しました。今でも、英国を代表するモダンアートといえばYBAの面々を思い浮かべる人も多いのではないでしょうか。

 ロンドン市内で数々のレストランをプロデュースした、元シェフのヒックス氏。中でも話題を呼んだのが、ヴィクトリア時代の路面電車の車庫を改装したTramshed(トラムシェッド)。流行震源地のロンドン東部・ホクストンにあり、現在は人手に渡っていますが、ダミアン・ハーストによる巨大なホルマリン漬けのアート作品、「ニワトリと雄牛(Cock and Bull)」の展示が話題を呼びました。長年に渡ってヒックス氏と親交のあるハーストがこの店のコンセプトに合わせ、ホルマリン漬けにした牛の剥製の背中にニワトリが乗っているオブジェを制作しました。ハーストといえば、1997年にSaatch Gallery(サーチ・ギャラリー)で開催された「センセーション展」出品の、イタチザメをホルマリン漬けにした「生者の心における死の物理的な不可解さ(The Physical Impossibility of Death in the Mind of Someone Living)」という作品があまりにも有名です。徹底して「生と死」という、人間にとっての普遍的な命題をテーマにした創作活動を続けているハーストは、他にも多くのホルマリン漬けの動物を用いた作品を発表しています。

 また、このトラムシェッドの内装には、同じくYBAメンバーであるディノス&ジェイクのチャップマン兄弟による、フランシス・ベーコンへのオマージュである「踏んだり蹴ったり(Insult to Injury)」という作品をプリントした壁紙も使われました。

トラムシェッド

在りし日の「ニワトリと雄牛」。ロンドンのレストラン界にアートの新風を吹き込みました

 

 残念ながら去年末に改装が行われ、アート作品は現在は公開されていませんが、ヒックス氏のアートに捧げる情熱は衰えてはいません。魚介を中心に、季節の素材をふんだんに取り入れたレストラン&ブラッセリーの1 Lombard Street(ワン・ロンバード・ストリート)をロンドンの金融街シティに構え、店内に氏のコレクションや、新進気鋭のアーティストの作品を展示しています。レストランのウェブサイトやインスタグラムでも定期的に展示作品を紹介しており、作品を購入することも可能。さながら美術館やアートギャラリーのような役割を担っています。一品スタイルの、素材の良さを生かした料理も好評で、ベジタリアンやビーガン向けメニューが充実しているのが、現代のロンドンならでは。

 なお、ヒックス氏は自身の暮らす南西部・ドーセット州の港町、イギリス海峡に面したライム・レジスでも、ライム湾を一望できるシーフード料理のレストラン、The Oyster & Fish House(オイスター・アンド・フィッシュ・ハウス)をオープンし、地元の人々に愛されています。ロンドン南部のウォータールー駅からナショナル・レイルで3時間弱、Axminster(アックスミンスター)の駅から徒歩15分。英国産のシーフードを堪能できる小旅行に出掛けてみてはいかがでしょうか。

 

 ハースト自身、熱心なアート蒐集家としての顔も持ち、2015年秋にロンドン南部ヴォクソールに自身のコレクションや、親交のあるアーティストの作品を自らキュレーションしたNewport Street Gallery(ニューポート・ストリート・ギャラリー)をオープンしました。このギャラリーでもヒックス氏と手を組んで、Pharmacy 2(ファーマシー2)という、自身の代表作「薬局(Pharmacy)」に着想を得たカフェでアート愛好家を魅了しました。薬局を模したインテリアに、色とりどりの薬瓶や錠剤をディスプレイした棚をずらりと並べた壮大な作品「薬局」の中に入りこんで、お茶や軽食を楽しめるという体験型アートの最高峰だったこのカフェ。残念ながら現在は閉店中ですが、今後再開するのか作品として展示されるのか、その行方が気になるところです。なお、ハーストの代表作の数々は、定期的にこちらのギャラリーでも展示されているので、ロンドンを訪れる際にはぜひスケジュールをチェックしてみてください。

 なお、「生と死」を扱ってきたハーストは、人間の生死を司る食の分野にも貪欲なことで知られています。実は過去に、この「薬局」をテーマにしたPharmacy(ファーマシー)というレストランを’90年代にロンドン西部・ノッティングヒルに構えていました(現在は閉店)。また、彼の作品を飾っているレストランで食事をするハーストの姿が度々目撃されています。今後また、ロンドンの外食産業にどのような形で衝撃をもたらしてくれるのか、楽しみに待ちたいところです。

 

トラムシェッド

映画や舞台の大道具スタジオとして使用されていた建物を改装した、ニューポート・ストリート・ギャラリーの外観

 

トラムシェッド

「ファーマシー2」カフェのかつての姿。再開が待たれます

 

今後もロンドンを中心に、食とアートを融合させる試みはますます加速していくことでしょう。

 

Author

長谷川友美/YUMI HASEGAWA

ライター/コーディネーター。ロンドン在住。 カルチャー、ライフスタイル、ファッション、音楽、食、旅、アートなど、 イギリスの最旬情報を幅広く執筆・翻訳・通訳する英国オタク。

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