ハイグローヴ チャールズ皇太子の心の中をのぞきこむ私的な庭

by 江國まゆ
Friday 29 January 2021

自然農法のパイオニアとしてのイギリス皇太子

英国の王室メンバーはそれぞれに個性豊かで、ニュースを追っているだけでその人となりの一部がわかるような気がしますよね。中でも私の注目を捉えるのは、いつもチャールズ皇太子。理由は・・・彼の取り組んでいることに共鳴するから、でしょうか。
 

彼のライフワークと言っていい事業が、有機農業の実践です。
 

英国の高級スーパーマーケット「ウェイトローズ」に行くと、「Duchy Organic」というブランドをたくさん目にされると思います。これは英国におけるオーガニック食品ブランドの先駆けで、もともとDuchy Originalsというブランド名で1990年に立ち上げられたものです。創業したのは、チャールズ皇太子その人。30年という歳月をかけ、現在も有機農作物や食品のパイオニアとして拡大を続けている人気ブランドです。

ダッチ―オーガニック

私も大好物のダッチー・ブランドのチョコレート・ビスケット。品質には信頼がおけます。

 

考えてもみてください。20世紀末頃といえば、世界はちょうど消費社会の真っただ中。人々がひたすらモノを作って消費することに専念していた1985年、英国の皇太子は周囲からの疑問の声をよそに有機農法の未来を信じ、ひっそりと、でも高らかに自然とのバランスを唱えて農業のあり方を模索し、事業を立ち上げました。これだけで、かなりユニークでエキセントリックな王子様ですよね。37歳の実業家の誕生です。

 

チャールズ皇太子がまず着手したのは、Home Farmと名付けた自身の所領360ヘクタールを有機農法が可能な土地へと転換させていくことでした。テクノロジーを使わず、昔ながらのオーガニックな方法で土を生き返らせることができないか、専門家と話し合いながら進めます。そして英国固有の希少種の家畜や英国伝来の種子の保存にも尽力していきます。2011年には400のソーラーパネルを設置して年間8万6000キロワットを自家発電するサステナブル農場へとステップアップさせました。

 

「愛と敬意を持って土地に向かうことができれば、決して枯渇しない自然のサイクルへと返っていくことができることがわかりました」。2006年ナショナル・ジオグラフィック誌のインタビューで、チャールズ皇太子はこう語っています。

 

さて、この農場はコッツウォルズ地方の南部に広がる土地にあるのですが、チャールズ皇太子は農場に隣接したカントリーハウスに1980年から別邸を構えています。その屋敷の名前は、「ハイグローヴ・ハウス」。前の持ち主から買い受けた時にすっかり荒れていた庭も、土と自然を愛する新しい持ち主のおかげで、息を吹き返しました。

 

 

コッツウォルズ丘陵で熟成されたロイヤル・エステート

 

コッツウォルズはロイヤルゆかりの土地が多く、妹のアン王女もハイグローヴから少し北側のエリアに別邸を構え、その娘のザラ夫妻もコッツウォルズに住んでいます。チャールズ皇太子がハイグローヴの家と土地を購入したのは、ロンドン、それから西のコーンウォール公領やウェールズの中間に位置しているからで、ウィリアム&ハリー兄弟も子供の頃に暮らしていました。だから彼らが所属するポロ・クラブも、コッツウォルズにあるのですね。

 

私も一昨年の美しい夏の日に、ハイグローヴを訪れました。現役王族の住まいにつき、館内はもちろん公開されていませんが、完全予約制で広大なガーデンを見学できるのです。敷地内の撮影は禁止ですが、2時間弱のツアーではガイドさんがガーデンの見どころを抑えて丁寧に案内してくださり、本当に素晴らしい体験ができます。

Highgrove-Thyme Walk

きれいに刈り込まれたタイムのトピアリーが並ぶ有名な「タイム・ウォーク」。20種のタイムが並ぶその規模は他に類を見ません。©Highgrove 

 

ジョージ王朝時代の18世紀末に建造された屋敷は、現在はプリンスの住まいとはいえ、貴族の館としてはこぢんまりしている印象で(失礼、9ベッド・ルームあるみたいですが、30室くらいある屋敷もザラなので・・・)、本当にここで“生活”されているのだなと温かい気持ちになります。

 

現在のところ9名の庭師が広大な庭の面倒を見ているそうですが、チャールズ皇太子ご本人も折に触れてそれを手伝い、庭いじりをしておられます。もちろん庭の再設計にあたってはご本人もアイデアを出し、精魂込めてマイホーム作りに励まれたようです。

 

先ほど「ツアーは2時間弱」と書きましたが、説明を受けながら様々な見どころにあふれたガーデンを2時間も見て回るのは正直とても体力がいりました(笑)。英国の庭は「〇〇ガーデンズ」となっていることが多いですが、これは一つのエステートにいくつもの異なる趣向の庭が集まっているからです。

 

個人的に最も心を打たれたのは「Wildflower Meadow」(野の花の牧草地)と呼ばれる野草咲き乱れる野原です。お屋敷のちょうど正面に当たる5千坪くらいの土地に、四季おりおりの草花を植えているのですが、その野趣あふれる様子にうっとりします。

 

Highgrove-Wildflower Meadow

Wildflower Meadowk  ©Highgrove 

 

1982年当時、ここには32種の野草が植えられたそうですが、毎年新しい種が撒かれて新たな風景を創り上げていく趣向。牧草地(Meadow)というだけあり、夏の終わりにはちゃんと牧草は刈り取られ、秋冬には羊たちが放牧されます。羊たちの糞によって土地が肥やされ、野草の品質や繁茂の仕方に好影響を与える仕組みらしいです。現在は30年前に比べると倍以上の種類が生い茂る多様性豊かな草地となっているのだとか。牧歌的な風景を堪能しつつゆっくりと散歩をしたい一画です。

 

プリンスのお庭に来てまで牧草地を鑑賞したくない方には(笑)近くに日時計を模した美しい整形風の庭園もありますので、そちらもどうぞ。

Highgrove-Sundial Garden

Sundial Garden ©Highgrove

 

チャールズ皇太子が、友人や要人から贈られた彫刻その他のギフトなども、敷地内のいたるところに飾られています。外国からやってきた巨大な鉢やシェリーの甕などをうまく庭に配しているのも見どころ。それから老木や倒木に敬意を評し、自然の趣を生かした彫刻作品として生かす試みをしたり、そういったものを集めた一画を創ったりと、自然への愛と敬意がいたるところに見られます。

 

下の写真は、木の切り株の中でシダを育てるというビクトリア朝時代からある手法、スタンピーにインスピレーションを得て作られたモニュメントで、生い茂っているのはグンネラと呼ばれる南米の巨大なルバーブだそうです。エキゾチックな風景、ということでしょうか。

 

スタンピーの一例。©Highgrove

スタンピーの一例。©Highgrove

 

そういえば屋敷から一番遠いエリアに、屋敷の主人以外、誰も近寄ってはいけないサンクチュアリもありました。礼拝堂を模した小さな祠のようなもので、一国の皇太子には、こういった完全にプライベートな時間を持てる場所が必要なのだなと納得した次第です。

 

 

だけどハイグローヴはチャールズ皇太子のごく私的な庭

 

これまで数々の名園と呼ばれるイングリッシュ・ガーデンを見てきましたが、ハイグローヴ・ガーデンズは非常に規模が大きく、そして王室ゆかりという事実を感じさせる彫刻やオーナメントなどの見どころに溢れていて、格別でした。お金もかかっているし、さすがロイヤル・ガーデン。そんな感銘を受けました。でも一方で・・・

 

「HRH The Prince of Wales」という公的な顔は、実はほとんど感じられず、一人のガーデン愛好家が、家族とともに一代で築き上げたごく私的な、愛情あふれるガーデンだという印象も受けました。ロイヤルであることと、一つの家族の思い出が詰まった私庭であること。その二つが矛盾することなく、和やかに共存している、そんな感じです。そして全てを自然との調和の中で創造しようとした一人のガーデナーの熱い思いが、ひしひしと伝わってきます。

 

さてツアーが終わったら、ショップに立ち寄ってみましょう! ハイグローヴ・ハウスでは、ダッチー・ブランドとは別にオリジナルの「Highgrove」ブランドを持っていて、敷地で育てたオーガニック作物を使った食品や園芸品、オリジナル・グッズも数多く取り揃えています。日本では日本橋三越に出店しているようですね。収益の一部はチャールズ皇太子自身がプレジデントを務めるチャリティに寄付されます。

 

車で5分ほどの距離にある町、TetburyにもHighgroveのショップがあり、そこもとっても充実していますので町歩きと一緒に楽しんでくださいね。

 

ショップ入り口。

ショップ入り口。

 

思わず駆け寄りたくなる品々がいっぱい。

思わず駆け寄りたくなる品々がいっぱい。

 

英国紳士の装いはいかが?

英国紳士の装いはいかが?

 

お茶やジャムの種類は豊富です!

お茶やジャムの種類は豊富です!

 

ホーム雑貨もオリジナルで嬉しい。

ホーム雑貨もオリジナルで嬉しい。

 

実は2021年は、チャールズ皇太子にとって特別な年になりそうなんです。

 

昨年夏のニュースによると、この春にはダッチー・オーガニック用の農場を自身の手から切り離し、第三者企業に貸し出すことにしたようです。ダッチー・ブランドの小売は現在、戦略も含めて同ブランドではなくウェイトローズが担っているようですが、農場はずっと彼の手元にあったのです。それが今年から完全に手を引いてしまう、ということみたいです。

 

新しいテナントはそのまま有機農法を引き継ぎ、ウェイトローズのブランドを存続させていくとのことなので安心ですが、チャールズさんにとっては大きな決断です。この決断の理由として、「もうじき王になる」そのときが迫っているから、という公式表明があります。王としての職務とビジネスを並行することが難しいということですね。と言っても皇太子は、新しい田舎の拠点となるサンドリンガム・ハウスの敷地内で、またまたオーガニック菜園を作るみたいですけれど。

 

昨年11 月に72歳を迎えたチャーズ皇太子。すでに69年間に渡って王位継承第一位の座にあります。ご本人もカミラ夫人も離婚歴があることから、チャールズさんをスキップしてウィリアム王子が次期王になるべきだとの世論もあるのですが、私はチャールズさんの王様を見てみたいと思っています。

 

土いじりが大好きで、自然へのリスペクトを持ち、環境問題や伝統工芸の存続に大きな関心を寄せる王様です。ひと昔前なら古いタイプの人だと言われたかもしれませんが、21世紀の現在、これこそ未来の王様像だと思うのですが、皆さんはどう思われますか? 

 

・・・・・・・・・・・

Highgrove Royal Gardens

Highgrove House, Doughton, Tetbury GL8 8TN

 

●Tetburyの町から車で5分程度、歩いて30分。ロンドンからTetburyまでは電車+バス/車ともに2時間15分程度。

●2021年4〜10月までの特定日に一般公開。ガーデン・ツアーは完全予約制で要オンライン予約。訪問時は身分証明書が必要です。

●ツアーの詳細はこちらで

※最新情報については、HPをご確認の上、訪問計画を立てるようにしてください

Author

江國まゆ

あぶそる〜とロンドン編集長。東京で書籍編集・雑誌編集・ライターを経て1998年渡英。英系広告代理店にて10年に渡り各種媒体の日本語コピーライティングを担当した。2009年からフリーランスとなり、日本のメディアに記事を寄稿中。2014年にイギリス情報ウェブマガジン「あぶそる〜とロンドン / Absolute London」を創設。著書に『歩いてまわる小さなロンドン』(大和書房)『ロンドンでしたい100のこと〜大好きな街を暮らすように楽しむ旅』(自由国民社)がある。www.absolute-london.co.uk

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